半月城通信
No.118(2006.2.19)

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    目次

  1. ルポ&写真『在日一世』、京都のハルモニ
  2. 日本みずからの戦争責任総括
  3. 靖国参拝反対の包囲網
  4. 靖国神社とポスト小泉
  5. 日韓、歴史の共同研究
  6. 靖国神社への天皇参拝
  7. 靖国参拝問題、アメリカの変化
  8. 靖国参拝問題、日本の潮流の変化
  9. 
    


    『在日一世』京都のハルモニ(おばあさん) 2006.1.15 メーリングリスト[AML5485]   半月城です。異色のルポ&写真『在日一世』が発刊されましたので紹介します。   在日コリアン一世は、ほとんどが80歳以上になりました。今まで生きながらえてこら れた人たちは、時には飢えや貧困、民族蔑視という困難に打ちひしがれながらも、たくま しく自分なりの人生を切りひらいてこられました。   その過程で自分なりの生きる哲学をしっかり身につけ、日韓・日朝間の歴史に翻弄さ れつつ、家族を守るため歯を食いしばって必死で生きてこられました。それぞれの人生が 波瀾万丈のドラマそのものといっても過言ではありません。   そうした90の人生ドラマをルポルタージュした本が、在日コリアン三世の写真家で ある李朋彦氏によりリトルモア社から発刊されました。定価は2900円です。ルポを読んで いて、思わず涙をさそわれるようなドラマもありました。   この人たちの血のにじむような辛苦の末に、私たち二世や三世が存在するのだという 思いがそこはかとなく伝わってきます。そのような一例として、京都在住のある女性を紹 介します。語りは京都弁のため、すこし読みづらいかもしれません。   京都というといかにも優雅に響きますが、場所によりけりです。京都駅すぐ南の9条 あたりは、今では再開発でその面影はあまりないようですが、かつては同和・朝鮮人部落 であり、在日コリアンが多く暮らした場所でした。在日コリアン一世の世界を象徴する場 所であったといってもいいかも知れません。そこで、ある女性がいかに苦闘した末に幸せ をつかんだのか、そのドラマを下記に転載します。   また、文末に朝日新聞の書評を一部のせます。        -------------------- 李胎淑  1915年4月13日生まれ、89歳、慶尚北道軍威郡出身、4人兄姉妹、京都市南区在住  いつでも家ではニコニコするのが一番ええよ。  長男には、ほんまに苦労かけた。ほんま、ええ息子や。  うちも死んだら、伏見深草の仏国寺に入るよ。でも、なかなか死ねへんわ。 「19歳やったかなあ、初めて日本に来たのは・・・。昔、このへんはな九条から七条は同 和地区やった。みんな褌(ふんどし)一枚で歩いてた」  民団南支部は京都で一番朝鮮人が多いところだった。東九条の長屋すべてに朝鮮人が住 んでいた。そして、もう一つの集落は日本人の被差別部落だった。同じように差別された 人間が表裏一体となって住んでいた。現在も・・・。  長男が高校一年の春に、夫が肺癌で亡くなった。  子供6人を飢えさせないため、彼女は働き抜いた。マットや椅子、座布団に綿を詰める 仕事。そして廃品回収。 「子供が小さいと、あんまり生きていくのがしんどいさかいに、子供に死ね、死ねー言う た。仕事ができやん、泣くさかいに。お前死んだら、うちは楽になる。お前死ね!って。 本当よ、本当に」  長男は弟や妹の世話をしながら、彼女が集めてきた廃品を選び分けて問屋へ持っていった。  ある日、長男がいった。 「オモニ(お母さん)、うちのところはなんでお金がないの! オモニ、お金ほしいわ」  彼女は答えた。 「下見てばかりおったら、いいこともある」 「オモニなんぼ下見てもお金はなかったよ」  生活保護の申請に行くと担当者がまるで責めるように根堀り葉堀り聞いてきた。 「あんたら、どうして食べられへん。お父さんはどうした?」  涙が出てきて、ものも言えなかった。 「どんだけ泣いたか! どんだけ厳しいか。ものすごく厳しい。頭から下まで聞くよ!」  悔しい思いをして帰ると、親切な町会長が訪ねてきて、翌日申請が下りることを教えて くれた。 「町会長さんが、今日行って来たやろ。明日行ったら下りるから、明日行きやって言った けれど、行かんかった。ボロボロの服を着てても何してても、二度と行かへん」  結局、彼女は生活保護をふいにしてしまった。 「子供が大きくなって、民生をもろて生活してたって言われるのが・・・。娘でもええと こ嫁に行かされへんし」  三番目の娘が京都の平安高校に合格した。 「オモニ! 通った」  すべったらよかったのに。納めるお金あれへん・・・と、彼女は思った。 「オモニ! うち行きたい!」 「そうか、そうか」と彼女は言うだけだった。  しかし、つい口がすべってしまった。 「お兄ちゃんは、どんだけ苦労するの!」  兄たちは働いた。  5貫目から6貫目(23kg)の綿をリヤカーに積んで綿工場に運んだ。弟と二人で。綿工場 の仕事は二交代制で、早番は8時から11時まで。夜の仕事を終えて、帰ってからもなか なか寝つけず、頭痛が止まらなかった。 「一番下の息子が、お母さん、がんばりや! 大きなって医者になって、お母さんの病気 治したるからな。お母さん、死んだらあかんでって。7,8歳の子がね」  その子は耳鼻科医になった。  そして長男の息子は内科医に、三男は弁護士になった。 「うちの子供、みんな真面目。朝ご飯食べて、晩にお粥食べても、他人の金、欲するなと 子供に言うてる。正直、うちの息子たちもあんまり大きな商売はできん。  うちはそれでも、苦労はしてへん。そのぐらいの苦労やったら、誰でもするやん。もう 苦労も忘れたわ。子供6人 一生懸命真面目に育てて、娘はええとこ嫁にやって、そんな ことばかり考えてた。みんな、わたしに苦労させへん。そやからこんなに長生きしてる」 「内科医の孫が小遣い持ってきてな。このごろは息子たちより ようけ持ってきてくれる。 おばあちゃん、早よ死んだらあかんで。小遣いようけやるし、食べるもん食べて、旅行も 行って。うちらおばあちゃんしかあれへんって」 「もうなんにもあれへん。早う、お父さんのところへ逝きたい。あんまり長生きした ら・・・。もう90歳や。そやさかいに写経ばっかり見てる。75歳のときに書いたんや。 いろんなのあるよ。これは死んでええところ逝く用の写経。これは若いときに花見に持っ て行く写経。花見に行ったら嬉しいやろ」 現在、長男夫婦と同居。        -------------------- 書評『在日一世』、飯沢耕太郎(写真評論家)  ・・・   戦前・戦中に朝鮮半島から日本に来て、そのまま住みついてしまった「一世」とその 家族-むろん身近には感じていたのだが、彼らの具体的な生の輪郭について、それほど明 確な認識を持っていたわけではなかった。   眼から鱗(うろこ)が落ちた。「在日三世」である李朋彦が、日本全国に散らばる9 0人あまりの「一世」に膝つき合わせてインタビューし、ポートレートを撮影してまとめ た本書によって、彼らの「肉声」と「肉顔」(ちょっと変な言い方だが)がくっきりと見 えてきたのだ。   むろん一人一人の過去と現在、生き方や考え方には相当な隔たりがある。今の生活に 満足しているひともいれば、「日本の土にはなりません。韓国で逝きます」と断じる人も いる。だが彼らの生にどうしても重く覆いかぶさってくるのが、60年前に終わったはず の戦争であることだけは否定しようがないだろう。   写真と言葉との、緊密で豊かなふくらみを持つ結びつきにも注目したい。「読ませる 写真集」の高度に完成された形がここにはある。 (半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/


    日本みずからの戦争責任総括 2006.1.8 北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」   atroposさん wrote, >小泉首相の靖国参拝は、「靖国に参拝した」という単なる一事象に過ぎません。そして  その目的は「戦没者の慰霊」「不戦の誓い」です。   小泉首相は単純明快なので、日本ではほとんど小泉首相の参拝目的を疑う人はいない ようです。朝日新聞の論説主幹である若宮啓文氏もこう見ているようです。        --------------------   小泉さんは右翼じゃないと思うし、国会でA級戦犯は戦争犯罪人だと明言したくらい ですから、靖国神社に行くのはA級戦犯にお参りに行っているのではないと思う。   割合と単純に、特攻隊の青年に涙するというような心境の延長で、300万の日本の兵 隊の霊を弔って、未来の平和を祈っているんだというのは、そんなに疑っていない。   問題はそうであっても首相の参拝が結果的に「A級戦犯がなぜ悪い」「A級戦犯はぬ れぎぬじゃないか」という遊就館につながる思想の人たちを喜ばせ、力をつけさせている ことです。   そのあたりは小泉さんという政治家がもう少し想像力をもってくれないと困る。右が 元気づけば元気づくほど、中国や韓国では「やっぱり日本は危ない国だ」ということで、 観念的に非常に反日が燃えてしまう(注1)。        --------------------   変人と揶揄される小泉首相ですが、靖国神社を参拝してA級戦犯をも慰霊するという 「個人的な行動」により、A級戦犯の名誉をたたえる右翼をまちがいなく元気づけている ようです。そうした姿をみて中国や韓国の反日感情が燃えさかり、それに反発して日本の ショービニスティックな連中の嫌中、嫌韓感情が高揚する、昨年はそんな連鎖の一年でし た。   そうした悪循環の中で、最近、靖国問題を主体的に考えようとする動きがあるようで 注目されます。右寄りとされる読売新聞主筆の渡辺恒雄氏はこう語りました。        --------------------   A級戦犯がぬれぎぬだとか言っている宮司のいるところに、首相が行って、この間は 昇殿しなかったからまだいいけれども、(初回参拝のように)昇殿して、記帳して、おは らいを受けるなんてことをやっていると、「A級戦犯ぬれぎぬ論」が若い国民の間に広 がってしまう恐れがある。   そして、遊就館を見れば「勝った戦争を指揮したのは東条だ」なんていう錯覚を起こ す危険がある。   僕はそういう危険を感じ始めたので、この辺でマイナスの連鎖をどこかで断ち切って、 国際関係も正常化するために、日本がちゃんとした侵略の歴史というものを検証して、 「事実、あれは侵略戦争であった」という認識を確定し、国民の大多数がそれを共有する ための作業を始めたわけだ(注1)。        --------------------   渡辺氏の肩書きである主筆とは、本人によれば「主筆は社論を決定する権限がある。 論説委員のチームは、主筆の決定に従わなきゃならない。そして論説委員のチームに対し ては、取締役会とか、株主、従業員、労働組合は介入できない(注1)」とされるので、 読売新聞社内では絶大な権限があるようです。   渡辺氏は読売新聞の社長を経て、一昨年からグループ本社会長も兼ねるので、名実と もに読売新聞の社論を最終的に決定する立場にあるようです。   その渡辺氏が語る「首相の靖国神社参拝には反対である」「靖国神社の存在そのもの が問題である」という言葉は今や読売新聞の社論であるとみて差しつかえないようです。 また「国立追悼施設の建設を急げ」という社説(05.6.4)がうまれたのも当然といえます。   渡辺氏が靖国神社を問題視する理由は中国や韓国が反対するからではなく、つぎの点 にあります。        --------------------   中国や韓国が首相参拝に反対しているからやめるというのはよくないと思う。日本人 が外国人を殺したのは悪いけれども、日本国民自身も(戦犯に)何百万人も殺されている。 今、靖国神社に祀られている多くの人は被害者です。   やはり、殺した人間と被害者とを区別しなければいかん。それから、加害者の方の責 任の軽重をきちんと問うべきだ。歴史的にそれをはっきり検証して、「我々はこう考え る」と言ってから、中国や韓国にもどういう迷惑をかけていたのかという問題が出てくる のだ。やっぱりかれらが納得するような我々の反省というものが絶対に必要だ。   読売新聞は読売新聞なりにやりますけれども、これを国の意思として、例えば国会に 歴史検証委員会のようなものをつくって、やらなければならないと思うんです。   ジャーナリストとしては、自分の新聞でそういう考え方を明らかにする義務がある。 まあ、ちょっと遅かったんですがね(注1)。        --------------------   かつて日本は、みずからの手で戦争責任者を追求できなかったことから靖国問題や歴 史認識問題が派生しているだけに、遅まきながらでも国会に「歴史検証委員会」をもうけ て、日本人自身が侵略戦争を総括する作業はぜひともやってほしいものです。   その作業を土台にしてこそ、ドイツのように近隣諸国との和解が初めて可能になるの ではないでしょうか。渡辺さんの提言に若宮氏はこう返しました。        --------------------   東条内閣で蔵相だった賀谷興宣はA級戦犯で終身刑となりました。10年間の服役後、 仮釈放されて政界に復帰し、法相や日本遺族会の会長も務めた。それで私は右派政治家の 代表だと思っていたんです。   ところが彼は閣僚時代、外相だった東郷さんと二人で開戦に反対している。軍と対立 しながら、あの手この手を尽くしたが、最後はあきらめざるを得なかった。   その賀谷さんは自伝の中で、自分は戦争に反対だったからといって責任を免れること はできず、切腹ものだと書いている。   東京裁判は勝者の裁判で自分は東京裁判に納得がいかないが、やはり開戦の責任は重 かったと。ましてや、東条英機をはじめ本当に戦争を主導した者たちの責任は、万死に値 すると言いたかったのでしょう。   賀谷さんは、日本人の手で戦争責任者を追求できなかったことを残念がっています。 まさに今、渡辺さんがそれをおやりになろうと・・・(注1)。        --------------------   私は、読売新聞が平和憲法の改定を積極的に主張したころから同紙を嫌いになったの ですが、うえの文を読んで読売新聞の主張を見直しました。同社の戦争責任シリーズは昨 年8月13日から始められ1年間つづけられるとのことなので、朝日新聞のお株を奪いかね ない意気込みのようです。その決意を渡辺氏はこう語りました。        --------------------   このシリーズは1年間やりますよ。1年間やって、2006年の8月15日をめどに、軍、 政府首脳らの責任の軽重度を記事にするつもりだ。もちろん、我々は司法機関じゃないか ら、死刑とか無期懲役とか、そういう量刑を判断するわけにはいかない。   しかし、道徳的責任や結果責任の軽重について、誰が一番悪かったのか、誰ぐらいま では許せるが、ここから先は本当によくない、というような判断基準を具体的に示そうと 思っているんですよ(注1)。        --------------------   読売新聞の試みがぜひ成功することを期待したいと思います。そうでないと周辺諸国 との和解はおろか、欧米でも「60年たっても反省できない日本」というイメージがいつ までもつきまといかねません。   atroposさんは、日本の外交戦略に太鼓判をおしているようですが、朝日新聞は元旦 の社説の中で戦略のとぼしさをこう記しました。        --------------------  いま「60年たっても反省できない日本」が欧米でも語られがちだ。誤解や誇張も大い にあるが、我々が深刻に考えるべきはモラルだけでなく、そんなイメージを作らせてしま う戦略性の乏しさだ。なぜ、わざわざ中韓を刺激して「反日同盟」に追いやるのか。成熟 国の日本にアジアのリーダー役を期待すればこそ、嘆く人が外国にも少なくない。  中国の急成長によって、ひょっとすると次は日本が負け組になるのかも知れない。そん な心理の逆転が日本人に余裕を失わせているのだろうか。だが、それでは日本の姿を小さ くするだけだ(注2)。        --------------------   今年は、がんこな小泉首相の「個人的な」心情から、三大貿易相手国のうちの二カ国 である中国や韓国と首脳会談が取りやめになることがないよう、日本がアジア外交を立て 直すよう期待したいと思います。この思いは渡辺氏も同感とみえて、こう述べました。        --------------------   僕はジャーナリストだから、まず日本の過去の戦争責任というものを究明したいと 思っています。しかし政治家は、現実の外交を優先して考えなきゃいけない。   小泉さんは政治をやっているんであって、イデオロギーで商売しているんじゃあない。 国際関係を取り仕切っているんだから、靖国問題で中国や韓国を敵にするのは、もういい かげんにしてくれといいたい(注1)。        --------------------   一国の宰相ともなれば、個人的な心情にかられて隣国からソデにされるような愚をさ け、首相として隣国との共存共栄、友好の道を模索すべきはいうまでもありません。 (注1)「対談,渡辺恒雄 x 若宮啓文、靖国を語る 外交を語る」『論座』2006.2 (注2)朝日新聞社説「武士道をどう生かす」2005.1.1


    靖国参拝反対の包囲網 2006.1.15 北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」   新年になって靖国問題はしずまるどころか、小泉首相の年頭会見が火に油を注いだよ うで、ますますかまびすしくなりました。   この際、大いに議論して靖国問題の理解を深めるのは、アジアにおける日本のポジ ションを考え直し、ひいては日本のあり方を考えるのに格好な材料ではないかと思います。   atroposさん、wrote >現在の靖国問題が始まったのは、昭和六〇年からである。中曽根首相は、かねてから 「戦後の総決算」を標榜していたが、五九年に靖国懇話会を設け、その報告書に基いて 六〇年八月十五日には公式参拝を行った。   そのとおりです。それまでの首相の靖国参拝は形式的にも心情的にも私的なものでし たが、1985年、大日本をめざす中曽根氏は首相としての「公式参拝」を宣言したうえで靖 国を参拝しました。これは必然的に「寝た子」を起こしたような結果になりました。中国 の反応は下記のように記したとおりです。        --------------------   中国側の批判は、靖国神社への「公式参拝」が、日中友好の精神に背いて過去の「日 本軍国主義」を肯定し「侵略戦争の認識をあいまい」にするものだなどと、日本の政府当 局者の戦争責任理解と歴史認識を問いつつ、現在の日本軍国主義の復活を危惧するもので あった。   その意味では、批判の基本線はその後も変わらないといえるが、9月18日の北京市内 での中曽根康弘首相への学生の反対デモを契機に、中国の批判の矛先は靖国神社への参拝 一般や日本軍国主義復活一般にでなく、問題を靖国神社がA級戦犯を合祀している点に 絞っていき、首相の靖国「公式参拝」の取りやめを日中両国間の正式の外交課題として取 りあげるようになった(注1,P205)。        --------------------   いわば、中曽根首相の靖国参拝はヤブをつついて蛇やら龍をひっぱり出したようなも のでした。中国で学生たちの激しい反対デモを招く一方、日本国内でも批判の声が高まり ました。そうした抗議の声におされ、中曽根首相は「公式参拝」中止を決断しました。そ の理由を中曽根首相は翌年9月の衆議院本会議でこう語りました。  「国際関係は、一方通行ではいかない。特にアジア諸国の国民感情もある。そういう国 際的通念でやらないと、最終的に国益を害する。アジアから日本が孤立すれば、果たして、 アジアのために戦死したと考えているあの兵隊さんたちが、英霊が喜ぶだろうか(注2)」   ここの掲示板で多くの方は、首相の靖国神社参拝に反対しているのは中国と韓国のみ として、他のアジア諸国、たとえばシンガポールやマレーシアなども反対していることに 目を閉ざしているようですが、それ以外に前にも書いたように台湾でも靖国参拝を批判す る声は根強いものがあります。最近の動きを朝日新聞(06.1.11)はこう伝えました。        -------------------- 靖国参拝を批判     台湾・国民党 馬主席  台湾最大野党・国民党主席で、08年総統選での同党の政権奪還の切り札とみられる馬英 九 台北市長は、10日、日本人記者団と会見し、小泉首相の靖国神社参拝について「多く の台湾人と同様に賛成しない」と批判した。  日本植民地時代の抵抗運動をたたえる同氏の対日姿勢が注目されているが、「(日本) 統治時代の弾圧は許せないが 決して反日ではない」という姿勢も示した。  馬氏は靖国参拝について「日本に統治されたことのある台湾人を傷つける」とし、形を 変えても、首相がいくのなら同じことだ」と指摘した。・・・        --------------------   かつて日本の植民地であった台湾には大きな軍事基地がおかれ、相当数の日本兵がい たのですが、中曽根流にいえば、その日本兵の英霊は、馬主席の批判を招くような小泉首 相の靖国参拝をはたして喜ぶでしょうか?   馬発言に対して、小泉首相は今度もおそらく「理解できない」を連発することでしょ う。本当に理解できないのか、あるいは理解しようとしないのか「変人」の心の内は測り 知れません。一連の「理解できない」という発言を朝日新聞は首相の理解力不足とみてい るようで、5日の社説でこう批判しました。        -------------------- 首相年頭会見 私たちこそ理解できぬ  これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。そう思いたく もなるような光景だった。  年頭の記者会見で、小泉首相は自らの靖国神社参拝に対する内外の批判について、5回 も「理解できない」を繰り返した。  「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。 精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判するこ とは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解でき ない」  理解できない言論人、知識人とは、新聞の社説も念頭に置いてのことだろう。全国の新 聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている。「理解できない」と口をとがらせるよりも、 少しは「言論人」らの意見にも耳を傾けてはどうか。  首相は、日本を代表する立場にある。一政治家でも一国民でもない。私的な心情や感懐 より公的な配慮が優先することは言うまでもない。  私たちは、一般の国民が戦争で亡くなった兵士を弔うために靖国に参る気持ちは理解で きると繰り返し指摘してきた。  一方で、戦争の指導者であるA級戦犯をまつる靖国神社に首相が参ることに対しては、 国民にも違和感を抱く人は少なくない。まして侵略を受けた中国や、植民地だった韓国に 快く思わない人が多いのは当然だとも考える。  言論人や知識人の多くが首相の参拝に反対するのは、こうした理由からだ。 ・・・        --------------------   小泉首相の耳には、全国ほとんどの新聞の声も馬耳東風、あるいはライオンの耳に念 仏かもしれません。また、中曽根・元首相のアドバイスなどもどこへやら、アジア諸国の 国民感情には目をふさぎ、外交の国際的通念より「個人的な心の問題」を優先させている ようです。そうした意固地な姿勢では日本の東アジア外交にビジョンを期待できるはずは ありません。   小泉首相の「理解できない」という発言がいかに日本の国益を害しているのか、『イ ンサイド ライン』編集長の歳川隆雄氏はこう批判しました。  「外交は複合的な観点からお互いの主張をすり合わせ、妥協点をさぐっていくもの。そ れを『理解できない』『心の問題』という言葉で突き放してしまっては、交渉をする余地 がなくなってしまう。小泉さんの発言は、まったく国益に反するものです(注3)」   小泉さんには外交のイロハが理解できているのかと疑いたくもなります。独善的な視 点にもとづく外交は国益をいちじるしく損なうことはいうまでもありません。   国益に関していうならば、atroposさんは、どうやら日中間の貿易額が伸びていると いう一点だけをとりあげて、靖国問題は国益に何ら支障を与えないと単純にお考えのよう ですが、経済的な影響について毎日新聞はこう分析しました。        --------------------  ◇「政冷経涼」懸念--対中貿易にかげり、経済界も自粛要求                       毎日新聞社説,2006.1.13  「靖国問題で中国側は譲れない。『政冷経熱』と言うが『経熱』もいつまで続くか分か らない」  昨年12月、中国の唐家セン国務委員(前外相)は与野党中堅議員らの「日中新世紀 会」訪中団に警告した。国営新華社通信も「政冷経熱」が「政冷経涼」に変わりつつある と報じた。  「新幹線も国際熱核融合実験炉(ITER)も、靖国がなければ日本を支持するのに」。 04年2月に訪中した公明党の神崎武法代表は、中国共産党幹部から告げられた。靖国問題 が直接の原因とはいえないが、中国の貿易総額に占める日本のシェアも小泉政権下で低下 してきた。  日本経団連の奥田碩会長は5日の年頭記者会見で「こういう状態が長く続けば深刻な問 題になることを懸念している」と明言。経済界として「ポスト小泉」に参拝自粛を求めた。        --------------------   中国の新幹線計画などの大型プロジェクトは、中日友好ムードに支えられた日本政府 の積極的なサポートがないと日本の売り込み交渉ははかどらないのですが、これらは靖国 問題が障壁になって停滞しているようです。そうした日本企業の苦境を月刊誌『経済』主 筆である陳言氏はこう記しました。        -------------------- 肌で感じる日系企業の孤立無援   しかし今、日系企業は、中日政治間の急速な冷却に直面し、周りからはドイツ、フラ ンス、アメリカ、韓国などの国々の企業に攻められている。   確かに、個々の日系企業は社会貢献活動などを通じて、中国市民における好感度を上 げ、最新の技術、製品を積極的に中国に持ち込み、品質の高さや時代をリードするファッ ション性なども保っている。   だが、高速鉄道や地下鉄、大型発電所などの分野は、個々の企業努力で獲得できるプ ロジェクトではなく、国としてのサポートがどうしても必要だ。日系企業の「孤立無援」 を筆者は日ごろの取材から肌で感じている(注4)。        --------------------   中日間の政治冷却の影響をだれよりも肌で感じているのは、中国在住の日系企業であ るようです。しかし、靖国問題の日本への経済的影響は上記にとどまりません。東シナ海 におけるガス田開発などにも影響していることは周知のとおりです。靖国問題が障碍にな り、日中間の交渉が遅々として進まず、中国独自の開発や生産が先行する状態がつづいて います。これが日本の国益にマイナスなのは誰の目にも明らかです。   その第一原因は、小泉首相がダダっ子のようにこだわる「個人的な心の問題」にある のですが、それに懸念をいだくのは経済界だけではありません。毎日新聞は、参拝反対の 「包囲網」についてこうふれました。  「靖国参拝に警鐘を鳴らすのは経済界ばかりではない。外務省が編集などに協力する月 刊誌「外交フォーラム」(06年1月、2月号)で、栗山尚一・元駐米大使が首相の靖国参 拝に批判的な見解を発表。朝日新聞の月刊誌「論座」(06年2月号)の対談では、保守派 論客で読売新聞グループ本社会長兼主筆の渡辺恒雄氏が靖国参拝に強く反対した。参拝反 対の包囲網がじわりとできつつある(注5)」   マスコミでは、産経新聞を除くほとんどの新聞が首相の靖国参拝に反対し「包囲網」 になっているようです。小泉首相はそれらを敵にまわしても、今年秋には引退するので、 それらを屁とも思わないでしょうが、次期の、特に靖国参拝派の首相候補には重荷になり つつあるようです。 (注1)赤澤史朗『靖国神社』岩波書店、2005 (注2)「対談,渡辺恒雄 x 若宮啓文、靖国を語る 外交を語る」『論座』2006.2 (注3)小泉耕平、中釜由紀子「中国、韓国を利する小泉発言の冒涜」『週刊朝日』2006.1.20 (注4)陳言「座談会を終えて」『論座』2006.2月号 (注5)<靖国参拝問題 ポスト小泉で争点化?「安倍包囲網」思惑も>毎日新聞社説,2006.1.13


    靖国神社とポスト小泉 2006.1.22 北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」   これまでの書き込みで、靖国問題がもたらす経済的影響の懸念を紹介しましたが、こ れに対してatroposさんからは何の反論もないようです。両者は密接不可分であるという ことをやっと納得したのでしょうか?   経済的影響をもっとも心配するのが財界人であるのはいうまでもないのですが、その 財界の代表ともいうべき日本経団連の奥田碩会長が、5日の年頭記者会見で「こういう状 態が長く続けば深刻な問題になることを懸念している」と明言し、経済界として「ポスト 小泉」に靖国参拝自粛を求めました。ポスト小泉に対する異例の注文、これが万事を物語 るのではないでしょうか。   ポスト小泉ですが、秋の自民党総裁選、事実上の首相を決定する総裁選に靖国問題を 取りあげるかどうかが争点のひとつになっているようです。朝日新聞社説(1/13)は総裁選 をこう記しました。        --------------------  世論調査などで一番の人気は安倍官房長官である。その安倍氏が首相の靖国神社参拝の 是非について、総裁選での争点とすべきではないと言い出した。  「総裁選で議論することで、より外交問題化、政治問題化する。本来、外交問題化、政 治問題化させないことが大切ではないか。この問題について議論を深めていくことが果た して本当にいいのか」  これに対して、総裁選への意欲を見せ始めた山崎拓・元副総裁が「次の首相が参拝する かしないかはアジア外交に影響する」と反対する声をあげた。  連立政権のパートナーである公明党の神崎代表も、次期首相は参拝を自粛すべきだとい う考えを示した。  一方、小泉首相は安倍氏を応援するかのように「靖国は心の問題だ」と持論をぶった。 だから、政治の争点にしない方がいいというわけだ。        --------------------   靖国参拝は首相「個人」の心の問題なので外交問題化、政治問題化したくないという 小泉首相や安倍官房長官の願望だけはわかる気がします。それは両氏が、靖国参拝が最大 の障害になっている日中や日韓外交、ひいてはアジア外交に対して明確な政策やビジョン を欠落しているためと思われます。   そうなると外交戦略を構想するどころか、どうしても日中や日韓外交問題は避けたい、 靖国問題は避けたいという後ろ向きの姿勢になるのは当然です。   日本の三大貿易相手国のうち二カ国との外交問題から目をそらし、逃げ回って議論し ないなんて、そんなやり方で実質的な日本の首相が決定されていいものでしょうか。これ について先ほどの朝日新聞の社説はこう記しました。        --------------------  中国や韓国との政治的な対話のパイプは詰まり、苦労して作った日中韓の3カ国首脳会 談まで流れてしまった。東アジア共同体構想をはじめ日本のアジア外交が行き詰まり、欧 米からも懸念の目を向けられている。  ・・・・・  こじれにこじれた外交をどう立て直すか、次期総裁つまり次の日本首相の座を争う政治 家たちに、打開策が問われないはずがないではないか。  隣国の首脳と会談できない首相にはらはらしている国民も、中国の巨大市場でのビジネ スを心配する経済界も、次の首相がどう切り開いてくれるのか、大きな関心を寄せている はずだ。  自分が首相になっても参拝するというなら、それでもアジア外交はこう打開するという 展望を語る責任がある。参拝しないという人にも、靖国問題がなくてもただでさえ厄介な 隣国関係をどう再構築するのかを語ってほしい。        --------------------   行きづまった隣国外交、アジア外交をどう立て直すのか、それを憂慮する声は内外に 満ちています。朝日新聞(1/19)はアメリカの声や経済界の声をこう伝えました。        --------------------   米下院の実力者ヘンリー・ハイド外交委員長は昨年10月、首相の靖国参拝の3日後 に加藤良三 駐米大使に「遺憾の意」を示す書簡を送った。  「靖国神社は、東条英機(元首相)ら戦争犯罪人をまつっている」と指摘。「6者協議 など地域の問題に関する各国の建設的対話を阻害する。日米両国の国益にも反する」と警 告した。   ブッシュ米政権は表だった批判は控えているが、米国務省関係者も「日中間の安定的 な関係が米国の利益にもつながる」と語る。「アジアでの日本の影響力が低下することへ の懸念」(米政府関係者)が米国に広がりつつある。日本外務省幹部も「米国は日中関係 悪化を本気で心配している」と語る。   経済界にも、米国にも9月までの小泉政権の間は、日中関係は好転しないとあきらめ ムードが漂う。経団連副会長で政治担当の宮原賢次・住友商事会長は「ポスト小泉には中 国との関係を含めてアジア外交をどう良くするかという選択肢を示して欲しい」と注文す る。   だが、きしんだ歯車を回すのは容易ではない。        --------------------   こうまで内外を憂慮させる小泉首相個人の「心の問題」ですが、そのきっかけは、ど うやら総裁選に勝ち抜くためのかけひきにあったようです。   政治家にかけひきや権謀術数はつきものですが、首尾一貫しない身勝手は困りもので す。4年前、小泉さんは自民党の総裁選で「個人の心の問題」であるはずの靖国神社参拝 を政治公約にして当選しました。   それは小泉さんにとって、対抗馬である当時の橋本首相が靖国参拝を見合わせるよう になったことに対する切り札のひとつだったようでした。総裁選に靖国問題を持ちこんだ 小泉氏の手法を高村正彦・元外相はこう語りました。        --------------------  高村氏は「靖国参拝を総裁選のテーマにしたのは元々、小泉総理。橋本氏と争ったとき、 橋本氏が争点にするのを避けて言葉を濁したのに対し、小泉さんは参拝の姿勢を明確にし、 票が小泉さんに大きく流れる要素になった。心の問題を政治の問題にしたのは小泉総理 だった」と指摘した(朝日新聞,1/18)。        --------------------   総裁選に勝つために、隣国関係よりも「心の問題」を名分にするなんて、あまりにも 自己中心主義ではないでしょうか。その時の靖国参拝公約が日中、日韓関係をこじらせ、 隣国とは首脳会談すら開けない事態をもたらしました。   靖国参拝が本当に首相の単なる「個人的」な心の問題なら、靖国参拝の政治公約など 論外であるし、首相として「個人的な心情」をいやす方法をさぐるべきではなかったで しょうか。これは福田康夫・前官房長官も同意見とみえて、こう述べました。        --------------------   福田氏は福岡市内の講演で「首相は『心の問題』と言っているが、そうであるならば 対外的に問題にならないような方法はないのかな、と思う」と述べ、小泉首相の参拝に異 論を唱えた(朝日新聞,1/18)。        --------------------   靖国が個人の「心の問題」なら個人的に解決し、それが政治問題あるいは外交問題に ならないよう工夫するのは一国の首相として当然なすべき義務ではないでしょうか。「わ からない」「心の問題」が口癖の小泉首相は半年そこそこで退く身なので、もう期待しま せんが、ポスト小泉の総裁には「個人の心の問題」を個人的に解決し、こじれた隣国関係 を修復できる人を望みたいものです。


    日韓、歴史の共同研究 2006.1.29 北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」   atroposさん,wrote > 中国の要求は「戦争責任」「歴史認識」「軍国主義」に対してであって、「A級戦 犯」はそれらの“象徴”として取り上げられていると分かります。   靖国問題の源流はいうまでもなく戦争責任、軍国主義などをどう評価するのかという 「歴史認識」問題にあります。   靖国神社は日本の過去の侵略戦争を「自存自衛のための戦争」と美化し、戦争責任を 追及すべきA級戦犯などを神として祀っているのですが、そこで日本の首相が彼ら「英 霊」に敬意と感謝の意を表して参拝する姿は、日本は本当に戦争責任を痛感しているのか と疑われて当然ではないでしょうか。   日本政府は、公式的には敗戦50周年記念に発表された下記の村山談話をしばしばう たい文句にしていますが、靖国参拝問題では小泉首相の歴史認識が問われているのです。        -------------------- 村山首相談話(1995.8.15)   わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危 機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して 多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべく もないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心か らのお詫びの気持ちを表明いたします。        --------------------   小泉首相が、かつての日本は国策を誤り戦争への道を歩んだという事実をほんとうに 重視するのなら、侵略戦争を「自存自衛の戦争」と強弁する靖国神社、主張が正反対の靖 国神社へどうして行くことができるでしょうか?    これが周辺諸国の素朴な疑問です。李下に冠を正さずということわざがありますが、 周辺諸国から誤解を買うような愚かなことをすべきではありません。   ここで、たとえ小泉首相の靖国参拝を善意に解釈したとしても、一国の首相が単に 「英霊」への敬意などという「個人的心情」のために、戦争美化の神社へ行ってA級戦犯 たちを神としてあがめるような行為はあまりにも軽率ではないでしょうか。   ともあれ、小泉首相の靖国参拝は村山談話とはほど遠いことだけは確かです。しかし、 小泉首相の場合はまだましかもしれません。これまでに日本の何人の閣僚たちが村山談話 の精神を冒涜するような発言をしたことでしょうか。枚挙にいとまがありません。   そのたび日本政府は公式的に何度も「反省の意」を強調しましたが、そのような薄っ ぺらな反省はもうたくさんで聞きたくもありません。必要なのは態度と実践です。   閣僚のそのような歴史妄言が飛び出すのも、結局は日本が戦争責任者を公的に追求す るなど、侵略戦争の総括をきちんとしてこなかったことに最大の原因があるように思われ ます。読売新聞社の渡辺会長は国会に「歴史検証委員会」を設置するよう提唱しましたが、 こうした動きは遅まきながら内外でやっと芽生え始めたようです。読売新聞(1/22)は民主 党の動きをこう伝えました。        -------------------- 「戦争責任検証へ研究会…民主有志議員、26日設立」   民主党の有志議員が、先の大戦について、日本の戦争責任を検証することを目指し、 政策勉強会「日本の歴史リスクを乗り越える研究会」を発足させる。  26日に設立総会を開く。  呼びかけ人は、衆院は近藤昭一氏、達増拓也氏ら、参院は簗瀬進氏、岡崎トミ子氏らの 計8人。  設立趣意書は「(小泉首相の靖国神社参拝が)日本をアジアで孤立化させ、経済的な国 益まで失わせようとしている。第2次大戦から派生する様々な問題を『わが国の歴史リス ク』ととらえたうえで、総括的・総合的な対応策を確立するギリギリの時期に来ている」 と記している。        --------------------   首相の靖国参拝問題が日本のアジア外交を行きづまらせているとの憂慮は日本国内だ けでなく、これまで紹介したようにアメリカにまで広がったようです。その打開案として ゼーリック国務副長官は、日米中3カ国の歴史家により第2次大戦の歴史の検証作業を進 め、緊張の緩和を目指すべきだとの考えを示して注目されました。これはゼーリック氏の かねてからの構想だったようです。        -------------------- 「日米中の歴史家で検証を 米国務副長官、記者団に」             朝日新聞、2005/1/23   来日中のゼーリック米国務副長官は23日、小泉首相の靖国神社参拝などをめぐる日 中間の緊張について、日米中3カ国の歴史家による第2次大戦の歴史の検証作業を進め、 緊張の緩和を目指すべきだとの考えを示した。朝日新聞など一部メディアとの会見で語っ た。ゼーリック氏は同日夕、小泉首相とも首相官邸で会談した。  3国の歴史家による歴史検証構想は同副長官が昨年9月に米シンクタンクでの演説で提 唱。今回の訪日を機に、改めて緊張緩和を促す考えを示すとともに、米政府として日中関 係の悪化に強い懸念を抱いていることを示したものだ。副長官は同日、麻生外相や安倍官 房長官ら日本側との会談でもこうした考えに言及した模様だ。  ゼーリック氏は「緊張を緩和する一つの方法は(非政府間の対話である)トラック2に 基づく努力だ。日中だけでなく、米国も含めた歴史家が第2次大戦中やほかの時期の歴史 的な状況について検証することを提唱する」と述べた。  ・・・        --------------------   ゼーリック氏の眼中に韓国はないようですが、靖国問題や歴史認識問題は特に日中韓、 3カ国の重大問題であるだけに、韓国を欠かすわけにはいきません。中国外務省の孔泉報 道局長は、日米中ではなく、日中韓の3カ国で歴史共同研究をするよう提案しました。        -------------------- 「歴史共同研究:米国の仲介排除、日中韓主導で 中国外務省」         毎日新聞 2006年1月24日  ・・・  孔局長は「東アジア、北東アジアの歴史は特殊な点があり、それは日中韓と直接関係し ている」と説明し、歴史問題での米国との関係については触れなかった。また「中国の基 本的な主張としては、日中韓が共に参加できることを希望する」と述べ、日中韓3カ国の 協力へのこだわりを見せた。        --------------------   歴史の共同研究は、日本と韓国の間では4年前に公式スタートしました。きっかけは 扶桑社などの歴史教科書をめぐる韓国の反発でした。研究会は史上はじめての試みだけに、 日韓双方の意見が対立し難航したようでした。それでも、ともかく3年にわたる活動報告 が両国から発表されました。その難航ぶりを朝鮮日報はこう報道しました。        -------------------- 韓日歴史共同研究委で意見の食い違い続出 会議録すら存在せず              朝鮮日報、2005/06/13  今月1日、3年間の活動を締めくくった韓日歴史共同研究委員会(委員長:趙東杰 (チョ・ドンゴル)、三谷太一郎)は両国の学者が立場の違いから激しく対立し、休止が相 次ぐなど、多くの困難に直面しただけでなく、韓日の争点となった近・現代史部分を担当 した3分科に至っては、日本側が共同委員会会議録を残すことを拒否し、会議録すら存在 しないことが確認された。  こうした事実は研究委員会が先週末、外交部と教育部のホームページを通じ、これまで の委員会活動記録や座談・討論会会議録、相互批評文、韓日研究委員が書いた後記などを 公開したことにより明らかになった。  今月1日に公開された両国委員らの論文だけではわからなかった研究委員会の事情を知 ることができる、出席者のなまの声を記録したものだ。  韓国側の委員は3月26日、東京で開かれた最後の韓日合同全体会議で、これまでの活動 を振り返って直接的な不満の声を上げた。李万烈(イ・マンヨル)委員は「歴史学者が争 点を話し合う場において、公の記録を残してはならないと主張するというのは、果たして あっていいことなのか、今でも納得できない」と吐露した。  ・・・・・  3つの分科のうち、唯一座談会の会議録と個々の委員の個人的感想を残した1分科(古代 史)も同様に難航した。高麗(コリョ)大学の金鉉球(キム・ヒョング)教授は「韓半島 南部で活躍したとされる『倭』の定義からして、相反する見解で少しも歩み寄ることがで きなかった」とし、「かえって、見解の差が極めて大きく堅固だという点に、両国の学者 があらためて驚いたのではないかと思う」と述べた。  日本側の委員たちも研究委員会の難航を振り返った。3分科の東京都立大学の森山茂徳 教授は「時間、財政上の制約のため、両国関係史に関する知識を充分に理解するまでは至 らなかった」と遺憾の意を表明した。  1分科の九州大学の濱田耕策教授は「今後、日韓歴史の共同研究対象を日韓関係史に制 限せず、日本の古代史、韓国の古代史の分野も扱っていく必要があり、それぞれの歴史発 展に基づいた日韓関係史共同研究が進むことを期待する」とし、第2期委員会の構成を促 した。        --------------------   このような異国間の歴史共同研究は10年、20年単位で考えないと相互理解はむず かしいようです。しかし道のりは遠くても、ともかく地道にやらないかぎり相互理解は進 みません。日本はこれに気がついたのか、1995年の村山談話ですでに下記のように提唱さ れていました。        --------------------   私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代 に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平 洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国 との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。   政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係に かかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱 とした平和友好交流事業を展開しております。        --------------------   うえの村山構想は単なる美辞麗句に終わった感がありますが、その精神を名実ともに 活かし、手始めに日中韓3カ国で歴史の共同研究がスタートするよう願ってやみません。 (半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/


    靖国神社への天皇参拝 2006.2.5 北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」   これまで放言癖でたびたび世間を騒がせていた麻生太郎外務大臣が、今度は天皇をダ シにして靖国問題を語り、物議をかもしているようです。  「英霊からすると天皇陛下のために万歳と言ったのであって、総理大臣万歳と言った人 はゼロだ。だったら天皇の参拝なんだと思うね、それが一番」  「(天皇の参拝が)何でできなくなったかと言えば、公人、私人の、あの話からだ。ど うすれば解決するかという話にすれば、答えはいくつか出てくる(注1)」   麻生発言にビックリしたのは天皇だけではなかったようです。中国国営の新華社通信 が「日本外相が、天皇は靖国神社を参拝すべきだと主張した」と伝えのみか、イギリスB BC放送までが「麻生外相が戦争神社への天皇参拝を求めた」と報道したようです。韓国 は言わずもがなです。   麻生発言を読むと、麻生外相は天皇の靖国参拝が途絶えている理由を正しく理解して いるのかどうか、はなはだ疑問です。   外相はその理由を「公人、私人」議論に結びつけていますが、天皇が最後に参拝した のは三木首相が「私人」を公言して参拝した3か月後であり、その時、天皇は公務や公人 としてではなく「私人」として参拝したと理解されました。   現在の小泉内閣の見解も同様なので、「公人、私人」の議論はあきらかに麻生氏の認 識不足と思われます。これについて毎日新聞(2/1)はこう解説しました。        -------------------- 麻生発言、与党内に批判も   麻生太郎外相が靖国神社参拝問題で「天皇陛下の参拝が一番だ」と述べたことが波紋 を広げている。麻生氏は31日の記者会見で「国のために尊い命を投げ出していただいた 方への感謝、敬意が自然になるにはどうすればいいのかを問題提起した」と意図を説明し たが、「天皇参拝」に向けた具体的な方策には触れなかった。   中国、韓国との関係改善という外交課題を抱える中、唐突な発言に与党内からも批判 があがっている。   天皇の靖国参拝は昭和天皇の75年11月が最後。同年8月には三木武夫首相(当 時)が初めて私的立場で参拝した。麻生氏は31日の会見で、天皇参拝が途絶えたことに ついて、参拝が公的か私的かという議論が原因との認識を改めて示した。   ただ、政府は昨年6月の答弁書で「(昭和天皇の参拝は)いずれも私人としての立場 でなされたもの」との見解を示しており、安倍晋三 官房長官も30日、同様の立場を繰 り返した。この見解に従えば、天皇参拝が途絶えたのは公私の区別が問題ではないことに なる。        --------------------   麻生氏の認識不足からくる軽率な発言は与党からも批判されているようですが、靖国 問題に天皇を織りこんだことで靖国の議論は一段とひろがったようでした。かつて、私は 天皇との関連で下記のように記したことがあります。        --------------------   靖国神社の変容とは、中国や韓国が問題視しているA級戦犯の名前を霊爾簿(れいじ ぼ)から削除することや、先の侵略戦争を「自存自衛の戦争」と美化する戦争博物館「遊 就館」の廃止などですが、これは靖国神社が私的な宗教法人であるという立場上、ほとん ど絶望的なようにみえます。   ただし、わずかな可能性が天皇がらみで残されているように思えます。もともと靖国 神社は、戦争や内乱で天皇のために命を捧げた人を顕彰するために創建されました。しか るに、その天皇すらA級戦犯の問題が障碍になり参拝できない現状を靖国神社自身すこし は憂慮しているのではないでしょうか。   とくに先の侵略戦争で君国、すなわち「天皇の国」のために命を捧げた軍国青年は 「靖国で会おう」を合い言葉にして戦場で散華しました。「靖国で会おう」という言葉の うらには、軍国青年は死後そこに顕彰され、大君、すなわち天皇に拝礼される「栄誉」を 最高至上の喜びとするようマインドコントロールされていました。   しかるに、その天皇が拝礼できないとあっては、軍国青年も浮かばれないことでしょ う。ともかく、そうした世論次第では靖国神社が変容する可能性は完全なゼロではなさそ うです。        --------------------   麻生発言の問題提起はうえの文章に集約されるような気がしますが、つぎに問題なの は、外相が考える天皇参拝の具体策です。それがA級戦犯の名前を霊爾簿から削除するこ となら、中国や韓国との外交摩擦を減らすので歓迎すべきではないかと思います。   ただ、霊爾簿から名前を削除することでA級戦犯の戦犯の合祀が中止されたことにな るのかどうか微妙ですが、少なくとも霊爾簿から名前の削除を求めて訴訟をおこしたキリ スト教信者の遺族たちはそう考えるようです。   それから類推すると、おそらく靖国神社の宗教儀式を信じないであろう中国などは、 名前削除で合祀が取りやめになったと考えるのではないでしょうか。   なお、霊爾簿から名前を削除するのは事務的な行為なので、合意さえあれば可能です。 昨年、分祀を不可能と主張する靖国神社も霊爾簿からの名前削除を行った実績があります。   しかし、どうやら麻生氏はこうした分祀論もどきを考えているのではなさそうです。 先ほどの毎日新聞はこう記しました。        --------------------   麻生氏は28日の講演では、天皇参拝実現の具体策について「答えはいくつかないわ けではない」とも語った。周辺によると、靖国神社を特殊法人化することを念頭に置いた ものだという。A級戦犯分祀についても会見では「それも一つの方法」と述べたが、周囲 は「分祀には否定的」と語る。        --------------------   麻生外相は真意を明らかにせず、周囲を煙にまいているようです。煙といえば、タバ コのたとえ話は出来すぎのように思えます。   外相は、首相の参拝中止を求めている内外の声について「たばこを吸うなと言われた ら吸いたくなるのと同じ」と述べ、小泉首相と中国などとの応酬を表現しましたが、これ は案外、小泉首相の心理を言い当てているかも知れません。   すなわち、小泉首相の心情を反抗期の少年心理にたとえたのかも知れません。本当は 首相本人も靖国参拝を諸事情からやめたいのだが、周囲がとやかく言うので逆に意固地に なっているのではないでしょうか。   ここで引くと、男がスタるというとでもいうような美学から意地になってでも靖国参 拝をつづけているのだ、そんなあまのじゃくな頑固者を麻生外相はたとえたようにも聞こ えます。   案外、小泉首相も行きづまったアジア外交を立て直し、靖国参拝の負の影響を小さく するためにも参拝をやめたがっているのかも知れません。それもままならぬ状況で、小泉 首相は靖国参拝をやめるかわりに首相をやめるようですが。   この首相にしてこの外相ありき、そんな感が強いのですが、その外相を朝日新聞の社 説(1/31)は「麻生発言 天皇を持ち出す危うさ」と題してこう批判しました。  「外務大臣は日本外交の責任者である。だが、靖国神社をめぐる麻生外相の最近の発言 は、その責任と重みをわきまえているのか、疑問を抱かせる」   マスコミのみならず、首相・外相に対する批判は自民党内でも根強いものがあります。 毎日新聞(1/31)はこう報道しました。        -------------------- 「揺れる日米中」総裁選を縛る靖国  ・・・・・   日本政界でも小泉首相の靖国参拝に対する不満が表面化してきた。17日、福岡市の 毎日世論フォーラムで講演した福田康夫元官房長官が「心の問題であるなら、対外的に問 題にならない方法がないか」と発言。26日、その福田氏も参加して超党派議連「国立追 悼施設を考える会」の会合が1カ月半ぶりに開かれた。  「考える会」の会長は山崎拓前自民党副総裁だ。総裁候補として自ら名乗りを上げても いる山崎氏は「アジア外交に行き詰まりがある。放置するわけにはいかない。次の政権が 大事だ」と繰り返している。  「考える会」に名を連ねる加藤紘一元自民党幹事長も首相の靖国参拝を批判してこう語 る。  「ナショナリズムをあおってはいけない。あおれば必ずブーメランとなって戻り、あ おった者を倒す。ブーメランが戻ってくる過程に入っているんじゃないか」  政界に強い影響力をもつ日本経団連の奥田碩会長が、年頭の記者会見などで後継首相に 参拝自粛を求めていることも見ておくべきだろう。  これに対し、かねて首相の靖国参拝は当然と主張してきた安倍官房長官は、靖国問題を 「総裁選の基本的なテーマにすべきではない」と反発している。争点にしないのはいいが、 現実に安倍首相が誕生したら、どうなるのか。安倍擁立グループの中核である自民党森派 の山本一太参院議員はこう言っている。  「親中派が首相になっても日中関係はうまくいかない。安倍首相が就任早々靖国神社を 参拝した上で、その後は参拝を一時凍結するなど新しい決断をすれば、保守派の反発は抑 えられる」  安倍氏と同様、首相の靖国参拝を支持してきた麻生太郎外相は28日、名古屋市で開か れた公明党参院議員の集会で「天皇陛下の参拝が一番」と発言して反響を呼んだ。  靖国神社の天皇参拝は75年まで続いていた。この時期に、現職の外相がそれを持ち出 した真意は何か。「揺れ始めた安倍氏との違いを出したかったのでは」などの観測が飛び 交う。戦没者慰霊を今日の政治的思惑に絡めるべきでないことは論じるまでもない。だが、 アジア外交がもつれ、自民党総裁選が動き出す中で現実政治は靖国から自由ではありえな い。        --------------------   小泉政権も次第に末期的な症状を見せ始め、内閣支持率は45%に落ち込みました。 次期首相の靖国対応ですが、「就任早々、靖国神社を参拝した上で、その後は参拝を一時 凍結する」という案では、今年も日中・日韓首脳会談は望めないようです。   小泉首相が個人的な心情にかられて投げた靖国参拝というブーメランが自陣営に戻り、 総裁選や次期政権をも直撃しているようです。 (注1)麻生発言の要旨、朝日新聞,2005.1.31   私自身があそこで一番問題だと思うのは、祀られている英霊の方からすると天皇陛下 のために万歳と言ったのであって、総理大臣万歳といった人はゼロですよ。ぼくはそう思 うね。だったら天皇陛下の参拝なんだと思うね、それが一番。   何でできなくなったのかと言えば公人、私人の、あの話からだから。それをどうすれ ば解決するかという話にすれば答えはいくつか出てくるんですよ。ぼくはそういった形に すべきだと思っているんで、答えがいくつかないわけではありませんが、そういう問題に してやっていかないと。


    靖国参拝問題、アメリカの変化 2006.2.12 北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」   小泉首相は希望的観測からか、国会においてまで「中国、韓国以外に靖国参拝を批判 する国はありません」と答弁しましたが、世界情勢には目を閉ざしているようです。   シンガポールのゴー・チョクトン上級相は6日に開かれた第4回アジア太平洋円卓会 議で、「靖国神社参拝問題は日本の内政問題でもあり、国際的な外交問題でもある」とし て、靖国参拝をやめ、他の戦没者追悼方式を検討するよう日本の指導者に求め、こう語り ました(朝日新聞,06.2.7)        --------------------  靖国問題において日本の指導者は、すべての事実に基づいて判断を下さなければならな い。事実上日本はこの問題において、外交的孤立状態に置かれている。他のアジア諸国は すべて、米国さえも、この問題で日本側だけについてはいない。        --------------------   小泉首相は「首相個人の心の問題」で内外から集中砲火をあび、反抗期の少年のよう によけい意固地になっている現状では「すべての事実に基づいて判断」することを首相に 期待するのはしょせん無理かもしれません。   その猪突猛進ぶりたるや、アメリカのブッシュ大統領に対してすら「あなたが行くな と言っても私は行く」と告白するほどだったようです(毎日新聞,06.2.3)。   昨年のブッシュ大統領来日について、私は成果のひとつとして「金閣寺を見てもらっ たこと」と書きましたが、日米首脳会談の話題のひとつが靖国神社だったなんて、これこ そ一徹な小泉「外交」の神髄ではないでしょうか。   ゴー・チョクトン上級相は「米国さえも、この問題で日本側だけについてはいない」 と語りましたが、どうやらアメリカは「ついてはいない」どころか、今や警戒心をもち、 マイナス面を心配しつつあるようです。それを毎日新聞(1/30)はこう分析しました。        -------------------- 小泉外交・光と影/米国、「遊就館」を注視  ◇皇国史観、靖国不信広がる  ・・・・・  旧敵国であり、今は同盟国である米国の内部に微妙な変化が生まれている。靖国神社に 併設されている戦争博物館の、第二次大戦に至るルーズベルト政権の対日政策や米軍主導 の戦犯裁判を批判する展示や映画の強調が、米国を身構えさせている。  「yushukan(ユーシューカン)」を話題にしたのは米共和党穏健派の重鎮で、昨年2月 まで駐日大使を務めたハワード・ベーカー氏だった。  「あれでは日本が戦争に勝ったみたいだ」  離任に先立って自民党の有力議員を訪ね、日中問題について意見交換した時のこと。 ベーカー大使は苦笑を交えて不満を伝えた。  靖国神社が創建130年記念事業の一環として戦争博物館「遊就館」の大改修を終えた のは02年7月。改修後は皇国史観が一段と強調された。日米開戦は資源禁輸で日本を追 いつめた米国による強要であり、日本は「自存自衛」と「白人優越世界打破」のために立 ち上がったという歴史観が整然と示された。売店には日本の戦争責任を問い続ける中国を 逆批判する書籍類が平積みされ、政治性を強めた。当時既に80歳に迫っていたべーカー 氏は自ら足を運び、確かめたのだ。  旧日本軍による真珠湾攻撃から64年にあたる昨年12月7日(日本時間8日)。犠牲 者を悼む半旗が掲げられたワシントンで、米国のアジア問題専門家たちが訪米中の前原誠 司・民主党代表を招き、朝食会を開いた。  日中両国のナショナリズムが話題になったこの席で、昨年1月までブッシュ政権の東ア ジア外交担当官だったジム・ケリー前国務次官補が「靖国神社参拝によって、日本の首相 が yushukan の考え方を肯定していると受け取られないか」という懸念を表明した。  遊就館を知らないという知日派外交官は、まずいない。東京勤務が長かった古株の一人 は今月中旬、匿名を条件にワシントンで毎日新聞の取材に応じ、こう語った。  「日中間に歴史解釈の違いがあるというだけの話なら米国は無視するが、yushukan は 無視できない。真実を語っているとは思えない。首相が戦没者に敬意を払うのはいいが、 問題は yushukan とのかかわりだ」  ポール・ジアラ元国防総省 日本部長も遊就館の展示に対する不満を記者にぶつけた。  「第二次大戦が他国の過失によるという印象を受けるどころか、日本の戦争が正しいと さえ思わせる高慢な内容だ」  ジアラ氏は「outrageous(常軌を逸している)」という表現を用いて首相の靖国参拝を 批判、「日本の孤立化を招き、ひいては同盟国アメリカまでアジアから孤立する」とつけ 加えた。  ブッシュ大統領自身は靖国参拝を批判していない。だが、足元の官僚や政治家の間で不 満が広がっている。日米同盟が根底から揺らぐわけではないが、以前は「日本の問題」と して発言を控えていた人々が不満を隠さなくなった。この傾向は、昨年10月17日の小 泉首相の秋季例大祭参拝直後から目立ち始めている。  小泉純一郎首相が就任以来5度目の靖国神社参拝に踏み切った直後の昨年10月20日、 米共和党の重鎮、ヘンリー・ハイド下院外交委員長が加藤良三駐米大使に書簡を送った。 靖国神社に首相が参拝することに対して「遺憾の意」を伝えると書いてあった。現在81 歳のハイド氏は第二次大戦に従軍し、フィリピンで日本軍と戦っている。  自衛隊のイラク派遣に感謝する書簡を小泉首相に送り、北朝鮮による日本人拉致問題の 解決を支援してきたハイド氏だが、A級戦犯合祀(ごうし)の神社に日本の首相が参拝す るという事態は黙過できなかったようだ。11月16日、京都にブッシュ大統領を迎え開 かれた日米首脳会談は、大統領が「中国をどう見ているか」と切り出し、日中関係をめぐ る意見交換に最も時間が割かれた。  大統領の質問の背景には、米議会内で「いまや日中問題こそアジア最大の懸案」という 見方が急速に広がっている事情があったと見るべきだろう。下院は「日中関係悪化が米国 の国益を損なう」という問題意識を踏まえて3月にも日中関係の公聴会を開く予定だ。  東アジアに詳しい下院事務局のスタッフに公聴会が開かれる背景について尋ねると、匿 名を条件にこう答えた。  「アジアで政治的、軍事的危機をはらむ地域といえば朝鮮半島、台湾海峡、インド・パ キスタンだが、現在のホットトピックは日中だ」「米国の債券は北京、上海、東京にあり、 日中摩擦は米国にも波及する」  ・・・・・  議会のみならず、政府内でも中国の勢いが目立つ。ブッシュ政権1期目のアジア外交は 知日派のリチャード・アーミテージ前国務副長官が仕切った。昨年2月、後任に就いたロ バート・ゼーリック氏はアーミテージ氏が始めた「日米戦略対話」は引き継がず、中国と の間に新しい高官協議の仕組みを整えた。  その米中高官協議の第2回定期会合がワシントンで開かれた昨年12月9日。協議を終 えたゼーリック氏は戴秉国外務次官をニューヨーク州ハイドパークにあるF・ルーズベル ト元大統領記念図書館へ誘った。  第二次大戦で旧連合国を勝利に導き、米露英仏中による戦後体制の基礎を築いたF・ ルーズベルトの記念館は、靖国神社の遊就館とはまったく相いれない歴史観で貫かれてい る。折しも真珠湾奇襲記念日から2日後。米中の両高官は時間をかけ「恐怖からの自由」 と銘打たれた記念館の展示を見学し、内外に蜜月をアピールした。  ・・・・・        --------------------   小泉首相の「常軌を逸している」靖国参拝に端を発する日中関係悪化をアメリカは国 益を害する要因として本気で懸念しているようです。日中関係の悪化が自国の国益やアジ アの安定や繁栄を害するという認識はシンガポールにも共通しているようで、先ほどの ゴー・チョクトン上級相はこう続けました。        --------------------  中国が日本との摩擦を図っているとは思わない。中国の現在の第一課題は、経済の転換 期において国内の安定を保つことだ。中国は経済成長と国内発展に集中するため、平和な 外的環境を必要としている。  中日関係は靖国問題や歴史問題よりも重要だが、歴史問題は中日関係が前進する前に解 決されなければならない。中日友好は両国の利益に合致する。安定した堅固な中日関係は アジアの未来と東アジアの復興にとって極めて重要だ。        --------------------   中国はゴー上級相の読みどおり「安定した堅固な中日関係はアジアの未来と東アジア の復興にとって極めて重要」との認識から中日外務次官級会談を再開しましたが、基本的 に中日関係が前進するためには「歴史問題」の解決が必至です。そのためには、まず小泉 首相の outrageous な靖国参拝を止めるべきではないでしょうか。


    靖国参拝問題、日本の潮流の変化 2006.2.19 最近、ここの掲示板で小泉首相の「常軌を逸した」靖国参拝を擁護する発言がめっき り聞かれなくなりました。首相の靖国参拝を懸念する声が中国や韓国のみならず、グロー バルに広がりつつある情勢が影響しているとみられます。   この趨勢は、一か月ほど前に書きましたが、読売新聞と朝日新聞の両巨頭が対談で 「共闘」して小泉首相の靖国参拝に反対してから顕著になったように感じられます。   それも無理ありません。これが一昔前の、新聞がもっと影響力を持っていた時代だっ たら「もうそれだけで、総理大臣の首が飛ぶことが必至といっていい情勢(注1)」なの ですから、共闘の衝撃や余波は当分おさまりそうにありません。毎日新聞も 2/17の紙面 で関連記事を大きく取りあげました。   さて、先ほどの「総理大臣の首が飛ぶ」と語るのは立花隆氏ですが、氏は言わずと知 れた「ロッキード事件、田中角栄研究」で当時の田中首相を追いつめたジャーナリストで す。その立花氏が読売・朝日「共闘」の記事を知ったのは、自民党有力者からの電話だっ たようで、いきさつをこう語りました。        --------------------  1月10日ごろだったと思うが、ある自民党の有力者から電話をもらった。朝日新聞から 出版されている、論壇誌に「論座」という雑誌があるが、その2月号をぜひ読みなさいと いう。  その雑誌に出ている、「靖国を語る 外交を語る」というタイトルの、朝日新聞論説主 幹・若宮啓文と読売新聞主筆・渡辺恒雄(ナベツネと俗称される読売グループ会長)の対 談が、いま政界に大変なショックを与えており、これを読まずしては、これからの日本の 政界の動きがまるでわからないことになるだろうという。  朝日と読売といえば、経営的に激しい販売合戦を繰り広げてきただけでなく、言論的に も犬猿の仲とはいわないまでも、多くの点で、見解が対立しあっていた。お互いに相手を 紙上で非難しあったり、揶揄しあったりして、決して仲がよいとはいえない関係だった。  どちらかといえば読売はより保守的、より現実主義的、より自民党的で、朝日はよりリ ベラル、より観念的、より民主党的というのが大方の理解だろう。  憲法問題では、読売が憲法改正論者で、朝日は憲法擁護派、外交問題では、朝日がより 中国寄り、読売はより親米的と考えられている。  ところが、両社の社論に責任を持つ立場にあるこの2人が、はじめてじっくり話し合っ たこの対談で、2人は靖国問題、外交問題ですっかり意気投合し、正面きっての小泉批判 を展開しているのだという。  「これが出るとすぐに、永田町では大評判になりましてね、よるとさわると『オイ、あ れ読んだか?』という話になり、あっという間に永田町周辺の本屋から『論座』がなく なってしまったそうです。だってそうでしょう。朝日と読売という段トツの二大新聞の論 説主幹(一人は主筆)が、くつわをならべて、時の総理大臣批判をしたわけですから」  「新聞がもっと影響力を持っていた時代だったら、もうそれだけで、総理大臣の首が飛 ぶことが必至といっていい情勢になったわけです」(注1)        --------------------  『論座』2月号の「共闘」記事に一番びっくり仰天したのは、他ならぬ小泉首相だった ようです。雑誌の発刊前にいち早くその記事を知り、鬱憤の一端を年頭記者会見でこう語 りました。        --------------------   外国の政府が一政治家の心の問題に対して、靖国参拝はけしからぬということも理解 できないんです。精神の自由、心の問題。この問題について、政治が関与することを嫌う 言論人、知識人が、私の靖国参拝を批判することも理解できません。        --------------------   小泉首相のカッカしていている様子がまぶたに浮かぶようです。この発言の後半にあ る「言論人、知識人」は単なる朝日新聞だけではなく、朝日と「共闘」した読売新聞の渡 辺恒雄会長に対するあてつけのようにも聞こえます。   小泉首相はその対談記事を読んで、ご自身の outrageous な靖国参拝を顧みるどころ か、かつて靖国問題について電話でも話し合ったことのある保守系重鎮の渡辺氏が公然と 自分を批判するのが、よほど許せなかったようです。   それだけ渡辺氏の繰りだすボディーブローが効いたともいえます。その挙句、首相は 次のように「偏見に満ちた報道」とまでエスカレートして語りました。        --------------------  過日、ブッシュ大統領が訪問された際、11月ですが、京都で会談した際、私は日米同盟 がしっかりしたものであればあるほど、各国との協力関係もうまくいくんだと。日米同盟 というもの、日米関係というものを多少悪くしても、ほかの国で補うという考えは取らな い方がいいと発言しました。  この発言をとらえて、一部の報道に、日米関係さえよければ、あとの国はどうでもいい という誠に誤解といいますか、曲解といいますか、偏見に満ちた報道がなされましたけれ ども、そうは言っていないんです。  この発言をとらえて、一部の報道に、日米関係さえよければ、あとの国はどうでもいい と誠に誤解といいますか、曲解といいますか、偏見に満ちた報道がなされましたけれども、 そうは言っていないんです。各国とも協力関係を進めていく。しかし、その基本は日米関 係。これはしっかりしたものにしていかなければならないということを言っているわけで あります」        --------------------   自分と見解が違う記事に対し「偏見に満ちた報道」とかのレッテルを貼るのは、その 時点で思考が停止したも同然で、マスコミとの勝負はついたようなものです。小泉発言は 『論座』の下記記事に怒り心頭に発したようです。        -------------------- 若宮 小泉さんが日米関係は非常に大事だというのは、私たちもまったく異存はない。 だけれども、先日、小泉首相は「日米関係がよければよいほど、中国、韓国、アジア諸国 をはじめ、世界各国と良好な関係を築ける」という発言をした。これはいかがなものかと 思いますね。 渡辺 あれは、なんという短見か。愚劣な意見ですよね。13億人もいるあの大国がそ んな簡単に動くわけがない。僕は、日米同盟が必要になるのは、むしろ北朝鮮だけだと思 うんだ。  しかし政治家は、現実の外交を優先して考えなきゃいけない。小泉さんは政治をやって いるんであって、イデオロギーで商売しているんじゃあない。国際関係を取り仕切ってい るんだから、靖国問題で中国や韓国を敵にするのは、もういいかげんにしてくれと言いた い。 若宮 そこまでおっしゃられると、私が言うことはありません。(笑い)        --------------------   かつて相性の悪かった読売と朝日が、こうまで意気投合した歴史的な若宮・渡辺対談 ですが、案のじょう、これは政界に潮流変化をもたらしたようでした。それを立花隆氏は こう分析しました。        --------------------  若宮・渡辺対談を機に、日本のマスコミ全体が、小泉政治に批判的な論調を強めており、 政界では小泉首相に平気で弓を引く動きがあちこちで出はじめている。そのせいもあって、 小泉首相の支持率はどんどん落ちている。  マスコミは、落ち目になった権力者に対しては、機会があればトコトン叩くのを趣味と するから、これからヒョンなことから、さらなる小泉叩きがはじまる可能性がある。        --------------------   衆議院選挙に大勝し得意絶頂にあった小泉首相も、靖国問題や中国政策でつまづき、 それを機にレームダックのきざしが出てきたようです。これも身から出た錆といえます。 その根源は靖国参拝を「個人」の心の問題として固く殻に閉じこもる姿勢にあることはい うまでもありません。立花氏のつぎの批判は至極もっともです。        --------------------  小泉首相のように、ただ、それを「心の問題」とすることだけで、国内的にも国際的に も、あまたいる反対者たちに対して「理解できません」の一言を投げつけるだけで、万事 解決したつもりになってしまうのは、政治家として無策の一語につきる。        --------------------   小泉首相に対する批判は、渡辺会長になると一段とトーンが高くなります。ニュー ヨーク・タイムズ (NYT)紙とのインタビューにおいて、小泉首相を「歴史も哲学も知らず、 勉強もせず教養も全くない」と酷評したようでした。これを韓国の中央日報(2/12)はこう 伝えました。        -------------------- 読売新聞会長「小泉首相、歴史も知らない」 日本の保守メディアを代表する読売新聞の渡辺恒雄会長兼主筆が小泉純一郎首相の靖国 神社参拝を辛らつに批判した。 同氏は11日付ニューヨーク・タイムズのインタビューに「歴史も哲学も知らず、勉強 もせず教養も全くない」という表現まで動員した。 「小泉首相が『靖国参拝のどこが誤っているのか』『靖国を批判する国は韓国、中国し かない』と愚かな発言をするのは無知から始まったこと」とも述べた。 第2次大戦で徴集された経験のある同会長はまた「日本が暴悪だった戦争時代を認める 必要がある」とし最近、日本での民族主義復活を警戒した。  ・・・・・ 同会長は最近、月刊誌の対談など公開的な機会を借りて相次いで自分の歴史観を明らか にしている。        --------------------   渡辺会長は、戦時中に二等兵として不条理な戦争や軍隊を体験してきただけに、歴史 に関しては小泉首相とは理解の程度がまるで違います。小泉首相は知覧にある特攻会館で 美化された特攻隊の話に感激の涙を流したそうですが、渡辺会長は美談でない真の特攻隊 の人間的な側面をよく知っているようです。   会長は NYT のインタビューで「神風特攻隊員たちが『天王陛下万歳』と喜び勇んで 突進したというのは皆うそだ」「彼らは屠殺場にひかれた羊であり、伏し目がちでよろめ いていた。ある者は立ち上がることもできず、むりやり飛行機に押しこめられた」と語り ました。   戦争の真実に関して身をもって体験している渡辺会長なれば、特攻隊に感涙を流す小 泉首相を「歴史も哲学も知らず、勉強もせず教養も全くない」と辛辣に語るのもむべなる かなです。そんな小泉首相が靖国問題で「ばかげた意地」をはるのは、会長にとって許し がたいことでしょう。   読売新聞や朝日新聞をはじめとして、内外の靖国参拝批判が高まれば高まるほど、小 泉首相はよけい意固地になりそうです。その結果、あとは野となれ山となれ式に今年は8 月15日に靖国参拝を強行するのかも知れません。   あるいは、総裁選に影響力を行使するつもりなら、靖国問題の影響を最小限にくいと めるため 8月15日前後は避け、春の例大祭あたりに靖国参拝を強行するかも知れません。 この場合ももちろん外交的な影響や国益などは犠牲になることでしょう。 (注1)立花隆「朝日・読売の論説トップが批判 小泉靖国外交の危険な中身」2006/02/16 http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/060216_gaiko/



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