中曽根首相の靖国「公式参拝」
2005.8.16
北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」
http://jpbbs.chinabroadcast.cn
去る 8月15日、結局、小泉首相は靖国神社に参拝しませんでした。その理由を聞かれ
ても「前にも申しているように、適切に判断しています」としか語りませんでしたが、さ
ぞかし苦渋の選択があったことでしょう。
小泉首相が単に「戦没者の追悼」や「不戦の誓い」を目的にするなら、かつての軍国
主義の神社で祈願するよりも、むしろ千鳥ヶ淵戦没者墓苑で祈願するほうがふさわしいと
いえます。実際、小泉首相はそう行動しましたが。
そのうえで、近隣諸国との関係を重視してか、首相はつぎのように異例の終戦記念談
話を発表しました。
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アジア諸国との間でも かつてないほど経済、文化等幅広い分野での交流が深まって
います。とりわけ一衣帯水の間にある中国や韓国をはじめとするアジア諸国とは、ともに
手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指すことが必要だと考えます。過去を直視
して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関
係を構築していきたいと考えています(注1)。
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日本と中国・韓国との関係は経済的にも密接であり、いずれも主要な貿易相手国に数
えられようになりました。今や対米貿易は全体貿易額の18%に過ぎないのに対し、対アジ
ア貿易額は47%にまで達しました。
なかでも中国、韓国とはとりわけ緊密なのですが、そうした両国と亀裂を深めるのは、
日本の国益にも反する、そうした判断から靖国神社参拝を見送ったのでしょうか。
これは、過去の歴代首相の歩んだ道でもありました。その始まりは中曽根首相です。
1985年8月15日、同首相は歴代内閣のなかで初めて靖国神社の「公式参拝」をおこなった
のですが、これが中国をいたく刺激しました。
それまでの首相は靖国参拝を「私的」なものであると強調していたので、ことさら中
国も目くじらを立てなかったようですが、中曽根首相のように軍備費を画期的に増大した
うえ、にぎにぎしく「公式参拝」と銘打って靖国神社を参拝したのでは、中国としても
「軍国主義復活」の動きとして軽々しく見過ごすことができなかったのでしょう。
当時の内外の批判について赤澤史朗氏はこう記しました。
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8月15日に中曽根首相は、新方式での靖国神社「公式参拝」を実施した。この行動に
対して、「公式参拝」推進派は圧倒的に支持や感謝を表明し、逆に全野党と主要マス・メ
ディアは、防衛費のGNP比率1%枠突破の方針と関連させながら、または憲法の政教分
離原則を破るものとして、批判の声明を発表する。
特にそこでは、「公式参拝」の直前の自民党軽井沢セミナーでの中曽根首相の発言、
「国のために倒れた人々に、国民が感謝を捧げる場所があるのは、当然のことだ。さもな
ければ、だれが国に命をささげるのか」が引用され、現在の軍国主義復活のもくろみに
「公式参拝」の狙いがあることが強調されていた。しかし、首相官邸では、こうした批判
は折り込み済みだったであろう。
ただ中国の反発は、その予想を遙かに超えたものであった。中国側の批判は、靖国神
社への「公式参拝」が、日中友好の精神に背いて過去の「日本軍国主義」を肯定し「侵略
戦争の認識をあいまい」にするものだなどと、日本の政府当局者の戦争責任理解と歴史認
識を問いつつ、現在の日本軍国主義の復活を危惧するものであった。
その意味では、批判の基本線はその後も変わらないといえるが、9月18日の北京市内
での中曽根康弘首相への学生の反対デモを契機に、中国の批判の矛先は靖国神社への参拝
一般や日本軍国主義復活一般にでなく、問題を靖国神社がA級戦犯を合祀している点に
絞っていき、首相の靖国「公式参拝」の取りやめを日中両国間の正式の外交課題として取
りあげるようになった(注2,P205)。
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このとき、中国は政治的な妥協点を考慮したのか、靖国問題はA級戦犯のみが問題で
あり、それ以外は不問に付すという姿勢を示したのが注目されます。
一方、中国のきびしい批判にさらされた中曽根首相の対応は、今回の小泉首相のケー
スと瓜二つなくらい似かよっています。それどころか、今回のモデルケースといってもい
いくらいです。
そこで、当時の中曽根首相がどう対応したのか、その跡をみることにします。赤澤氏
はこう記しました。
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そうした中で中曽根首相は、靖国神社の秋の例大祭への「公式参拝」の中止を決定す
る。そしてこの「公式参拝」の中止判断をきっかけに、国会での野党の追及に対して、中
曽根首相は過去の戦争や戦争責任についての説明を、徐々になし崩し的に変化させていく
こととなる。
1985年10月17日の衆議院本会議での社会党の代表質問に対する首相の答弁では、「太
平洋戦争はまことに遺憾な戦争であり、起こすべからざる戦争であった」と述べ、10月29
日の衆議院本会議での共産党の質問に対する答弁では、さらにそれを「間違った戦争」で
あり、「中国に対しては侵略の事実もあった」と答えている。
・・・
サンフランシスコ平和条約は、その第11条で「日本国は、極東国際軍事裁判所 並び
に日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁され
ている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする」としており、さらにそ
の赦免・減刑などに関する連合国の権限について規定している。
・・・
つまり日本が「受諾」した「判決」とは、その最後に言い渡された被告たちの量刑だ
けに限らないのであって、A級戦犯被告に戦争責任があったことを、日本は国際条約の中
で認めているのである。その事実がここにきて「発見」されたのであり、靖国「公式参
拝」がこれと抵触するおそれが出てきたのである(注2,P206)。
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A級戦犯が祀られている靖国神社を首相が公式参拝したことに各方面から批判が続出
し、これをかわすのに、中曽根内閣はA級戦犯の分祠を探りはじめました。また、中曽根
氏自身もA級戦犯について厳しくみていたようで、こう語りました。
「戦死者のほとんどは赤紙一枚で行きたくない戦争に行かされた人たちだ。それを追悼
するのであって、A級戦犯は戦没者ではない(注3)」
こう考える中曽根氏は、何とかA級戦犯の分祠ができないか模索を始めました。
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平和条約第11条が「発見」された頃から、中曽根首相など首相官邸と自民党首脳部の
一部による、靖国神社からのA級戦犯祭神の「分祠」工作が始まる。
A級戦犯「分祠」論とは、靖国神社の祭神からA級戦犯のそれを取り下げて、それら
を靖国神社内の新たな別の社を作って祀るか、A級戦犯のみを祀った新たな神社を創建す
ることで、中国などの諒解を取り付け、首相の靖国「公式参拝」を継続・定着させようと
いう試みである。つまり靖国神社「公式参拝」論の一種といえるが、戦争責任に関する考
え方だけが異なるのである。
靖国神社に対する「分祠」工作は、政府が直接に介入すると政教分離原則に背くとの
タテマエから、諸種の方面を介しておこなわれたようであり、自民党、財界人、遺族会の
一部を巻き込んでいたようである・・・。
しかし東条家では合祀取り下げの申し出にあくまで反対し、A級戦犯被告遺族の意思
一致が得られず、また靖国神社側では「分祠」工作自体に強く反対するのだった(・・・)。
靖国神社としては「分祠」を認めれば、もともとのA級戦犯合祀自体が誤っていたこ
とを承認する結果になるからであろう(注2,P207)。
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中曽根氏の弟は戦死しているだけに、中曽根氏は公的にも私的にも参拝したい気持ち
が強かったようですが、A級戦犯の分祠が困難であることを悟り、結局は1986年8月15日
の「公式参拝」を断念しました。そう決断したのは「一国の首相という立場と個人の信条
は区別すべきである(注3)」との信念が働いたようでした。
また、そのかげには首相の女房役ともいわれる後藤田正晴・官房長官の冷静な靖国観
もあったようでした。同氏は当時の決断をこう語りました。
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東京裁判の結果、処断された人たちであるA級戦犯を神としてまつる。これは死者を
追悼するとともに、その名誉をたたえる顕彰でもある。
そこに(サンフランシスコ講和)条約を締結した国の代表者が正式にお参りすること
は、戦勝国の国民に対して説明がつかない。
日本国民としても、敗戦の結果責任を負ってもらわなくてはならない人たちを神にす
るのはいかがなものか、という疑問があるだろう。首相は靖国神社参拝を控えるのが当然
だ(注3)。
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こう語る後藤田氏は、東京裁判およびサンフランシスコ平和条約は国際信義上かたく
順守するという信念があるようで、記者の質問にこう答えました。
質問:「東京裁判を受諾した51年のサンフランシスコ講和条約第11条について、「判決は
受け入れたが、裁判全体を認めたわけではない」という意見もあります」
後藤田:「負け惜しみの理屈はやめた方がいい。サンフランシスコ講和条約は、戦後日本
が国際社会に復帰し、新しい日本を築く出発点だ。それを否定して一体、どこへ行くんで
すか。
東京裁判にはいろいろ批判もあるし、不満もあった。ただ、裁判の結果を受け入れた
以上、それにいまさら意義をとなえるようなことをしたら、国際社会で信用されるわけが
ない。
条約を守り、誠実に履行することは、国際社会で生きていくために最低限守らなけれ
ばいけないことだ(注3)」
このような信念で後藤田官房長官は首相に「公式参拝」中止を進言しました。それを
赤澤氏はこう記しました。
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8月14日 後藤田官房長官は談話を発表し、8月15日に首相が靖国神社「公式参拝」を
おこなわない旨を明らかにする。
この談話の中で後藤田長官は、昨年の靖国「公式参拝」の目的は、「あくまで、祖国
や同胞等のために犠牲となった戦没者一般の「追悼」と「平和への決意」のためであり、
毎回実施するような「制度化されたもの」ではないと述べる。
その上で靖国神社への首相「公式参拝」が、「我が国の行為により多大の苦痛と損害
を蒙った近隣諸国の国民の間」から、過去の「我が国の行為に責任を有するA級戦犯に対
して拝礼したのではないかとの批判を生み」、平和友好関係を損なうものとなるので、
「公式参拝」を中止すると述べたのであった(注2,P209)。
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このように、中曽根内閣はなぜ靖国神社を参拝しなかったのかを内外に明らかにしま
したが、ここが小泉首相と大きく違う点です。内外の重大関心事に対する説明責任を小泉
首相はないがしろにしているようです。
ところで「負け惜しみの理屈」ですが、これは靖国神社がつとに強調している点です。
同社のホームページはこう記しました。
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「(平和条約)第11条では、東京裁判については、日本政府が連合国に代わり刑を執行す
る責任を負うことについて規定されているに過ぎず、それ以上はなにも規定されていませ
ん。つまり、日本政府の「受諾」の対象は、判決主文(刑の言い渡し)であって、判決理由では
ないわけです(注4)。
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靖国神社は東京裁判の判決を受諾した意味を、判決主文は受け入れても判決理由文は
受け入れないなどと珍解釈してゴネているようです。靖国神社は国策を誤った過去の侵略
戦争を何としても肯定的に解釈するつもりのようです。
そのような神社に首相が「公式参拝」したら、周辺諸国から疑念の目でみられること
は必定です。遅まきながら小泉首相は8月15日の参拝を見送りましたが、今後「過去を直
視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力
関係を構築」するのかどうか、じっと見守りたいと思います。
もちろん、小泉首相が選挙に勝って、首相をつづけることができればの話ですが。
(注1)首相談話の全文
http://www.asahi.com/politics/update/0815/007.html
(注2)赤澤史朗『靖国神社』岩波書店、2005
(注3)朝日新聞「後藤田正晴さんに聞く」2005.7.13
(注4)靖国神社ホームページ「靖国神社関係資料」
http://www.yasukuni.or.jp/siryou/index.html
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
小泉首相の靖国参拝は憲法違反
2005.8.24
北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」
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入江一史さんは、私の意図をよく誤解しているようです。
私が指摘したいのは、アサヒビール関係者である中條高徳氏がアサヒビールの社名を
だして、過去の侵略戦争を肯定する立場の靖国神社を賛美した発言に対し、アサヒビール
がまったく関知しないというのは少しおかしいのではないか、という点にあります。
したがって、アサヒビールが「今後、中條の個人的な活動において、アサヒビールと
しての肩書きを使用することがないように、厳重に申し渡し、本人も了解しております」
と回答したところで、私の意見が認められたなどとは露ほどにも考えていません。
公的な肩書きを使用しているのに、実は、あれは肩書きとは無縁な個人的言動です、
などという言い訳はとおるはずがありません。
同じようなケースが小泉純一郎首相の靖国神社参拝です。2001年8月13日、小泉首相
は内外からの厳しい批判・警告を受けるなかで靖国神社に参拝し、肩書き「内閣総理大
臣」の名で記帳しました。
これは首相としての「職務行為」であり、かつ憲法が禁止している「宗教行為」であ
るので、誰しも憲法の政教分離の原則に反すると考えて当然です。すぐさま、各地での違
憲訴訟が7件も提起されました。
しかるに、「政府は小泉首相の参拝を「私人」としての行為と説明し、被告の国側で
は「自然人」の行為と称していた(注1)」というからあきれます。入江さんも中條氏と
のアナロジーでそのようにお考えでしょうか?
しかし、そんな強弁はとおるものではありません。各地の裁判所はつぎのように判断
し、政府の見解をほぼ否定しました。
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これら七件の小泉靖国参拝訴訟のうち、2005年3月現在、六つの地裁判決が出されて
おり、原告たちの権利あるいは利益侵害の国家賠償請求については、いずれも訴えが斥け
られている。問題は首相参拝に関する司法判断である。
最初の大阪地裁判決(2004年2月27日)は、小泉参拝を「総理大臣としての参拝」す
なわち公式参拝として認めたが、にもかかわらず憲法判断は回避した。
松山地裁判決(2004年3月16日)は、憲法判断のみならず、小泉参拝が公式参拝であ
るか否かの認定も回避した。
二つ目の大阪地裁判決(2004年5月13日)は、総理大臣の「地位にともなう行為」と
して参拝行為の公的性格は認めたものの、国家賠償法上の「職務を行うについて」の「職
務」にはあたらないと述べた。
千葉地裁判決(2004年11月15日)は、首相の参拝は「職務行為に該当する」として公
式参拝であることを認めたが、憲法判断は回避した。
那覇地裁判決(2005年1月28日)は、松山地裁判決と同様、参拝が公的か私的かの判
断すら回避した。
これらに対して、福岡地裁判決(2004年4月7日)は、首相の靖国参拝に関してあえて
憲法判断に踏み込み、明確な「違憲」判断を下した点において画期的であった(注2,P109)。
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小泉首相は神社への献花料を公費でなく私費でだしましたが、それは目くらましにす
ぎません。公的な肩書きをもちいたのであれば、当然それは公的な活動と判断されます。
中條氏の場合も同様ではないでしょうか。
ついでに記せば、小泉首相の靖国神社参拝は外交問題がクローズアップされています
が、それ以上に国内問題としても重要です。というのも、小泉首相の靖国神社参拝が憲法
違反と判断されたからです。昨年4月、福岡地裁では下記の判決がだされました。
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本件参拝当時、内閣総理大臣が国の機関として靖国神社に参拝することについては、
他の宗教団体だけでなく、自民党内及び内閣府からも強い反対意見があり、国民の間でも
消極的意見が少なくなかった。
こうした中で、被告 小泉に、内閣総理大臣として靖国神社に参拝する強い意志を有
していることがうかがわれたことからすれば、単に社会的儀礼として本件参拝を行ったと
は言い難く、また、国の機関である内閣総理大臣としての戦没者の追悼は、靖国神社への
参拝以外の行為によってもなし得るものである。
靖国神社が特に戦没者のうち軍人軍属、準軍属のみを合祀の対象とし、空襲による一
般市民の戦没者などは合祀の対象としていないことからすれば、内閣総理大臣として第二
次世界大戦による戦没者の追悼を行う場所としては、宗教施設たる靖国神社は必ずしも適
切ではないというべきであって、・・・。
・・・
以上の諸事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断すると、本件参拝は、憲法上
の問題があり得ることを承知しつつなされたものであって、憲法二〇条三項によって禁止
されている宗教的活動に当ると認めるのが相当である(注2,P111)。
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この裁決は最高裁に上告されることもなく、完全に確定しました。これに対し、まさ
か小泉首相は、判決主文は認めても判決理由文は受け入れないなどとは言わないでしょう
ね。憲法違反の靖国参拝は中止すべきです。
(注1)赤澤史朗『靖国神社』岩波書店、2005,P250
(注2)高橋哲哉『靖国問題』ちくま新書、2005
靖国参拝は「私的」か「公的」か
2005.9.4
北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」
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入江さん、人の名前を間違えるそそかしさは「ご愛敬」としても、そもそもあなたは
私の書き込みを間違えずに理解しているのでしょうか? もしそうであれば、下記のよう
な質問は出るはずがないと思っています。
入江一史さん wrote
> いつになったら靖国を肯定的に捉える事が問題であるとの説明を頂けるのですか?
>そして氏の発言の何処に問題があるのですか?
これらについて今まで十分書いてきたつもりですが、ご要望に応じて改めて書くこと
にします。まず「靖国を肯定的に捉える事が問題である」要点は下記のとおりです。
1.戦前は、陸軍・海軍が軍国主義昂揚のために直接管理した神社であった。
2.死者をもっとも悼む遺族の意向に反してまで、皇国に殉じた「英霊」を祀ることを優
先している。追悼よりも顕彰が優先する。
3.過去の誤った侵略戦争を指導したA級戦犯も祀って「顕彰」している。「顕彰」とは
「功績などを世間に知らせ、表彰すること」という意味である(『広辞苑』)。
4.靖国神社は、「東京裁判(極東国際軍事裁判)は、国際法を無視した不当な裁判で
あった」「東京裁判そのものを認めたのではない」などと主張するとともに、過去の侵
略戦争を「自存自衛の戦争」と肯定化している。
5.以上のような点が、周辺諸国から靖国神社は日本の軍国主義を象徴する神社として警
戒されている。
なお、念のためにもう一度書くと、靖国神社は私的な宗教法人のひとつに過ぎないの
で、その神社がどのような政治信条を持ち、誰を祀ろうがもちろん神社の自由です。 問
題はその神社周辺でうごめく人々です。
その中のひとりが中條高徳氏です。入江さんは「氏の発言の何処に問題があるのです
か?」と質問しましたが、これこそこのトピの最初に書いたとおりです。同氏の「靖国神
社に詣でる事をしない政治家に、国政に参加する資格はない」という発言に異議を提起し
たのが、このトピのそもそもの始まりです。
なお、私は中條氏が靖国神社に毎日参拝しようと、これは個人的カルトのたぐいであ
るので、なんら問題にしていません。同時に、中條高徳氏が私人として靖国神社に関して
いかなる発言をしようと自由です。
私の中條氏に対する異議のひとつは、国政にたずさわる政治家、なかんずく首相や閣
僚が靖国神社に参拝したら、内外面でともに重大問題になるという点にあります。
内政面においては、政教分離を定めた憲法上の問題です。憲法違反についていえば、
小泉首相の靖国神社参拝は、すでに書いたように違憲であるとの確定判決がだされました。
さらに、小泉首相のいう「私人」としての靖国神社参拝が憲法違反であるなら、1985
年当時の中曽根首相の靖国「公式参拝」はさらに違憲であることはいうまでもありません。
前回は小泉首相の違憲判決について書いたので、今回は裁判所が中曽根首相の靖国神
社参拝にどのような判断を出したのかをみておきたいと思います。高橋哲哉氏はこう記し
ました。
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中曽根首相の公式参拝に対しては、ただちに三カ所で違憲訴訟が起こされ、90年代は
じめに確定判決が出ている。
そのうち播磨靖国訴訟の高裁判決(1993年3月18日)のみは、憲法判断に踏み込まずに
確定したが、九州靖国訴訟の福岡高裁判決(1992年2月28日)は、「公式参拝」を継続す
れば違憲」であるとし、関西靖国訴訟の大阪高裁判決(1992年7月30日)は、公式参拝を
「違憲の疑いがある」と判断した。
三つの確定判決のうち二つが違憲判断に傾き、いずれにせよ、合憲判断を下したもの
はひとつもない結果であった(注1)。
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こうした判決は、それまでの自民党による、首相の靖国公式参拝は合憲とする我田引
水的な党議決定を真っ向から否定するものでした。その一方、判決はそれまでの内閣法制
局の考えを裏打ちする判断でした。法制局は、昭和天皇の靖国神社参拝についてこう判断
していると赤澤氏は記しました。
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天皇の「公式参拝」については野党の国会での追及を受けて、吉国一郎 内閣法制局
長官が1975年11月、憲法第20条第3項に「直ちに違反する」とは言い切れないが、「第
20条第3項の重大な問題になる」という判断を示したのである(・・・)。
「重大な問題」とは、違憲の疑いを払拭できないとの意味である。そのためこの時点
から、首相、閣僚などのおこなう靖国神社参拝は、その都度「私人として」か「公式」か
ということが問われるようになる。
その後 1980年11月に鈴木善幸首相のときに、改めて閣僚の靖国神社への「公式参
拝」に関しては、「違憲でないかとの疑いを否定できない」との政府統一見解が確認され
ることとなる(注2)。
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今年8月15日、靖国神社を参拝した石原慎太郎・都知事に記者が「参拝は公人か私人
か」とたずねたら、都知事はご機嫌ナナメに「公人か、私人か。そんなばかな質問をする
な(注3)」と捨てゼリフをあびせたシーンがありましたが、公式参拝であれば、もちろん
憲法違反の疑いが濃厚です。
そうした憲法違反の疑いも配慮してか、今年の8月15日には多くの閣僚が靖国参拝を
見送りました。政治家として当然の配慮です。当日、参拝したのは閣僚17名のうち、尾辻
秀久厚生労働相と小池百合子環境相のふたりだけでした。
余談ですが、小池環境相は今回の衆議院選に東京10区から小泉首相が放った「刺客」
として立候補しましたが、当選するかどうか見ものです。
話はそれましたが、中條氏の「靖国神社に詣でる事をしない政治家に、国政に参加す
る資格はない」という意見は、すくなくとも閣僚などの公職者には憲法上ふさわしくあり
ません。
逆に、中川昭一氏のように靖国神社へ「現閣僚(注4)」の資格で参拝した政治家は、
閣僚になる資格がないというべきかも知れません。他の4閣僚は「公的参拝」を否定する
か、明言を避けました。政教分離をわきまえているのか、外交上の配慮か、あるいはA級
戦犯問題のためか、本人と神のみぞ知るところです。
(注1)高橋哲哉『靖国問題』ちくま新書,2005,P106
(注2)赤澤史朗『靖国神社』岩波書店,2005,P186
(注3)http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1337031/detail
(注4)http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/seiji/20050814/20050814a1050.html?C=S
アサヒビールと「舒波楽」
2005.8.28
北京放送BBS中日友好関係「アサヒビールへの公開質問書」
http://jpbbs.chinabroadcast.cn
david leeさんはご存知でしょうが、アサヒビールは「舒波楽」というブランドで
スーパードライを発売しています。ネーミングには、快適、波、楽しいというイメージが
あるようです。また、発音もスーパードライに近づいていて、それなりに「舒波楽」は浸
透したようです。
そうした矢先の不買運動は、さぞかしアサヒビールにとって心外だったことでしょう。
この不買運動のきっかけが中條高徳氏の靖国発言にあったことはいうまでもありません。
アサヒビールは、こうした理不尽な代価を甘受しても、靖国発言における中條氏の肩
書きを削除しないようです。大企業にしてみれば、中国での不買運動など、蚊に刺された
程度のかゆみだったのかもしれません。同時に、アサヒビールの経営陣は中條氏に対して
強くモノを言えないような間柄かもしれません。
聞くところによると、中條氏は毎日のように靖国神社に参拝しているそうです。それ
ほどの信念なれば、不買運動などモノともせず、自己主張のためには企業の看板すら好き
勝手に利用する、中條高徳氏はそんな人でしょうか。
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(上記の文を載せる前に、下記の文を投稿したのですが、なぜか掲載されませんでした)
david leeさんはご存知でしょうが、アサヒビールは「舒波楽」というブランドで
スーパードライを発売しています。ネーミングには、快適、波、楽しいというイメージが
あるようです。また、発音もスーパードライに近づいていて、それなりに「舒波楽」は浸
透したようです。
中国におけるアサヒビールのビジネスについて、ジャーナリストの莫邦富氏はこう語
りました。
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そのビジネスが中国で完全に成功したという評価までいかないものの、私はアサヒ
ビールのブランド・イメージを含む中国進出手法を比較的評価してきた。
ところが、このアサヒビールが最近の反日の嵐の中で、突如中国人消費者から抗議を
受けた。中国のスーパーマーケットやショッピング・センターから相次いで商品が撤収さ
れたのだ(注1)。
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軌道に乗りかけてきた矢先の不買運動は、さぞかしアサヒビールにとって心外だった
ことでしょう。この不買運動のきっかけが中條高徳氏の靖国発言にあったことはいうまで
もありません。莫邦富氏はこう解説しました。
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中国報道機関の取材力や記事の信憑性を疑うことは否定できないが、私人としての発
言なのに公的な肩書きを使用したことで誤解を招いた恐れがある。
今回の場合は、その肩書きが企業であったがために、個人の発言が中国における企業
のビジネス活動に大きなマイナス効果をもたらしてしまった。しかも、中條氏はすでに企
業の経営からは実質的に離れて久しいのに、発言するときは依然として企業の看板を担ぎ
出した。結果、企業は理不尽な代価を払うこととなった(注1)。
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アサヒビールは、こうした理不尽な代価を甘受しても、靖国発言における中條氏の肩
書きを削除しないようです。大企業にしてみれば、中国での不買運動など、蚊に刺された
程度のかゆみだったのかもしれません。同時に、アサヒビールの経営陣は中條氏に対して
強くモノを言えないような間柄かもしれません。
聞くところによると、中條氏は毎日のように靖国神社に参拝しているそうです。それ
ほどの信念なれば、不買運動などモノともせず、自己主張のためには企業の看板すら好き
勝手に利用する、中條高徳氏はそんな人でしょうか。
(注1)莫邦富「反日の嵐の中で見た新たな中国進出リスク」
http://nikkeibp.jp/style/biz/marketing/china_biz/050428_risk/
「読者だより」国家神道と靖国神社
2005.8.17
***様より半月城へ
流石、半月城様!真面目なご議論、痛み入ります。
従軍慰安婦に関して、NHK上層部と安倍・中川両氏が癒着した事件は、私は最初か
ら朝日に理が有ると思ってましたが、中川氏の方が非常に品性が低い物言いとの記事は意
外でした。
しかし、発言からすると、それもありそうな事ですね!と考え直しました。中国に対
する油田開発利権絡みの発言もまるでチンピラですが、最近、閣僚として言っちゃいけな
い事を北朝鮮に関してまた、言ってしまって。私は勝手にJネオコンって呼んでいますが、
そのレベルですね。
靖国に関して、アーリントン墓地などと混同する議論も有るようですが、ある程度重
なる部分が有る事は認めます。しかしながら、2点違う点があり、1つ目の近隣からク
レームがつく特殊性は、あの不幸な短い時代から意識を引き剥がせなくて、問題に対して
非常に意図的な択一を経る、近視眼的で不自由な精神構造の方からは、却って意地になっ
て逆効果をもたらしたい理由となるでしょうが、それで事は済みません。
ヤルタ体制やポツダム宣言受諾にも障るんですけどね。2点目は、国家神道が曖昧に
持続する事による、本来の神道に対する破壊的な影響で、これもある種の精神構造の人達
は、意図的に古今の伝統の混同や選択を行うので混乱の元ですが、本当に本物の愛国心が
あれば、許せる類の事とは違うでしょうけれども。既に一度、それが起こってますから。
国家神道に対するアンチ・テーゼで、神社離れが起こって「境内を駐車場にして経営
持続」とは、かなり全国津々浦々何処でも起こっている事です。GHQ当時、どうも神社
本庁が国家神道との完全分離と国家神道の完全廃止を嫌がったそうで、それじゃ因果応報
ですが。
しかし時代が下がれば下がるほど歪みが酷くなる恐れもあり、本当なら由々しき事と
もっと危機感があってもよいのでしょうが、現状は太平楽ですね。これから経済の右肩下
がりで、お祭りの賑わいもどうなる事やら。馬鹿馬鹿しい事で御座います、過去の為に未
来が犠牲になるとは。ただ、それこそ自己責任ですから(皮肉ですが)。ま、結局は日本
の問題ですからね。
半月城から***様へ
2005.8.21
***様
メールをありがとうございました。
雑誌『現代』に書かれた中川氏の品性の低さには本当にあきれるばかりです。そんな
人が国会議員だなんて、議員の面汚しではないでしょうか。ネオコンというとスマートな
語感があるのですが、かれの場合、昔ながらのヤクザにつながった右翼と呼んだほうがふ
さわしい気もします。
靖国神社問題はいろいろ問題が多いだけに、今後もどんどん取りあげて書きたいと思
います。
半月城
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